鳥かご 6







(置いてるもんとかは、前行ってた店と変わらないな)


休日。
猫川はペットショップに来ていた。
主な目的はキャットフードの買いだめだ。
料理長の駒田から差し入れてもらったがキャットフードは、
すでにみや夫に食べつくされた。
みや夫のキャットフード消費量は凄まじい。






(おもちゃも買ってやろうかな)



こちらへ来てからというもの、遊び相手がいないので、みや夫は食っては寝るの毎日だ。
貴代香から屋敷をうろうろされると困ると言われていることもあって、
満足に外にも出してやれていない。
だから今日は連れて出てやろうと思ったが、
与えられた寝床から動こうとしなかった。






たぶん拗ねているのだ。

かわいそうなこと、してんな…


環境の変化に戸惑っているのは自分だけじゃない。
猫川はねずみのおもちゃと、スクラッチポールも買って帰ることにする。






(ああ…)



あの家に置いてきたキャットタワーを思い出す。
犬山は持っていけと何度も言ってきたが、自分が買ったものじゃないからと拒んだ。


ちょっと哀しそうな顔、してたな…



素直に甘えればよかったのかもしれない。
今になってそう思う。


たぶん拗ねていたのだ。
意固地になったりして、オレもみや夫と変わらないな、と苦笑しそうになる。



少し迷ったが、キャットタワーも買うことにした。



配送の手配を済ませ、店を出た猫川の目に公衆電話が映った。





(電話か…)



してみてもいいかもしれない、と思う。
引っ越してから二週間近くになるし、挨拶ぐらいしておくべきかとも思うし。
けれど、



(何を話せば…)


それにヘタに電話なんかして、帰りたくなったら……


ふいに浮かんだ言葉にはっとなる。


(帰りたいって……)



あそこは自分の家でもなんでもないのに。


猫川は苦笑するしかない気分になった。

























「はあ……やっぱりダメだな」



犬山は読んでいた雑誌を閉じて、ため息をついた。
ペットライフの最新号。
いつもならわくわくして読むのに、どうにも目がすべる。


いつまで経っても、気持ちが浮上しない。
もう2週間。
そのあいだ犬山は同じことばかり繰り返していた。


犬の世話をして、料理したとはいえない食事をもそもそとって、風呂に入ったり掃除をしたり。
そういう最低限のことをする以外にはぼんやりと広すぎると感じる家のなかをうろついて、
後悔するのだ。

猫川を引き止めなかったことを。



しかし、どうして引き止めることなどできただろうか?
こんな、ところに…


ブリーダーとして生計をたてる、なんて言っているものの
実際は完全に自然に任せて待っているだけの日々。
そんななかやっと生まれた子犬を無料で譲ってしまった時猫川が苛立ったのも、
今となってはなんとなく理解できる。
さぞ、不毛だと感じたことだろう……

ここはまるで鳥かごだ。


することは少なく、得られるものも少ない。窮屈で退屈で…
自分はそれでも満足している。
だけど、彼は違うだろう。
きっと彼にはもっとやりがいがあったり、もっと糧になるような仕事が必要だ。

飛び立つチャンスがあるなら、思う存分翼をはためかせるべきだし、
そうして欲しいとも思う。だから引き止めるなんてできるはずがない。



「はあ…」



いい加減、吹っ切らなくては。
そう思い、立ち上がったところで電話が鳴り出した。






緩慢なしぐさで立ち上がり、電話機へ向かう。
そしてすぐ反省した。
電話の対応ひとつさえ面倒になっていたらダメだ、と。







「もしもし」



なるべくしっかりした声を意識して出ると、
受話器の向こうから久しぶりに聞く声が聞こえてくる。



「やあ、先生。ご無沙汰しています」


快活な声の主は御手洗だった。
丁度彼に犬を譲ったことを思い出していたところだったので、
ちょっとびっくりしながらも、おひさしぶりですと返す。





「どうかなさいましたか?」


訊ねると、御手洗は犬の躾について質問してきた。
ベッドで一緒に寝るようにするにはどうしたらいいか、というものだった。
なんでも以前は御手洗のベッドで一緒に眠っていたそうなのだが、
しばらく家を離れている間に、同居する石岡氏がペットベッドで寝るように教えてしまったらしい。
帰ってきてからベッドで寝るように何度も促したのだが、
一度覚えたことは忠実に守る賢い子なので、ベッドに近づこうともしない、
とのことだった。


犬山は微笑ましく思いながら、
いくつかアドバイスをした。


「時間はかかるかもしれませんが、根気よく続ければ効果はあると思います」


そう言うと、御手洗は嬉しそうにわかりましたと答えた。


「やはり先生に相談してみてよかった」


「いえいえ。また何かあったらいつでも訊いてください。では」



通話を終えた犬山は、さっきまでの憂鬱も忘れ、頬を緩めていた。

「よかった」

自分でも人の役にたてたのかと思うと、素直に嬉しい。

そう思った瞬間、唐突にある考えが頭に浮かんだ。


「ああ、そうか!」




つづく…