刻々
それから数日後のこと……
「うちのオススメはなんか身体がくねくねした置物です。ありそうでなかったようでそんなこともない感じでもないようでない。
それが評判なんです、主にうちの店長に」
「ないようでない……ってことは結局は」
「細かいことを考えてる暇はないですよ! 時間は刻一刻と過ぎていくんですから!」
犬山はある店にいた。
売っているものは、なんの変哲もない置物や、安そうな壷。ただ古いだけにしか見えない骨董品の数々。
「いや、でも、骨董品なんて若い子は喜ばないでしょう……」
「そんなことはないですよ! 今空前の骨董ブームが到来してるの知らないんですか?」
「ブーム?」
「そうですよ! もう猫も杓子も骨董骨董で大騒ぎ。この間もハチ公前で待ち合わせてた若者が――」
(猫……)
そう言われてみれば、案外この変な置物もお洒落に見えてきたな。
数分後。
「ありがとうございましたー」
・
・
・
・
なんか、違う気がする……
朝になってようやく違和感に気づいた犬山は、ふたたび街へ出た。
猫川の誕生日を聞いてから、犬山はこうして何度か街をうろついて、
何かいいものがないかと探していた。
いいものというのは、つまり猫川に贈るのに適したもので、
簡単に言えば、誕生日プレゼントを探していた。
昨日店員が言っていた言葉、ハチ公前でどうとかではなく、
時間は刻一刻と過ぎているというのは、あたりまえだが本当で、
ぼんやりしていると、すぐ猫川の誕生日が迫ってくる。
あと、8日しかない……
犬山は随分焦っていた。
8日と言ったら、もうほとんど一週間だ。
このままいいものが見つからなかったら……
だいたい、プレゼントなんて本当に一体何をあげればいいのか……
高価なものは避けたほうがいい。
かと言って、変なものはあげられない。
「プレゼントですか?」
困り果てる犬山の耳に、明るい青年の声が聞こえた。
いつのまにかどこかの店に入っていたらしい。
ぼけっとする犬山に構わず、青年は快活に話を進める。
「相手は男性ですか? だったら、甘さ控えめのものか、なかに洋酒が入ったものの詰め合わせがオススメですよ」
きょろりと改めて店内を見渡してみると、どうやらここはチョコレートショップらしい。
気づいてみれば、甘い香りが店内を満たしている。
ショーケースのなかには可愛らしい小さなチョコレートの粒が並んでいる。
どれもこれも、まるで宝石のように凝った形だ。
見渡せば客も多く、人気店らしい
「甘いものは、たぶん嫌いじゃないと思う……」
「でしたら! 当店のいちばん人気のプラリネ8種の詰め合わせはどうでしょう?」
「プラリネ?」
青年の明るく澄んだ声と、強引ではないが的確に背中を押す感じに、犬山の心が動く
「少し見せてもらっていいですか?」
「ええ、もちろん。試食もありますから、気軽に声をかけてください」
本当に感じがいい。
犬山の表情は自然と柔らかくなる。青年も、笑顔で応えてくれる。
チョコレートだったらそんなに高価じゃないし、
味がよければ、きっと彼も喜ぶだろう。
悩んでいた分、そうと決まると心が軽く、わくわくさえする。
しばしショーケースと睨めっこをして、いくつか試食をして、
結局青年が薦めてくれたプラリネの詰め合わせを買うことにした。
うん。いい買い物を、した。
つづく…