家族


いい天気だにゃー。




こーんなに天気がいいっていうのに、依玖は相変わらず変だし
あのセンセーとかいうやつもいつも以上にぼーっとして
一体なんだって言うんにゃー?



人間っていうのは、面倒臭いもんだにゃー




犬山は朝も早くから庭の手入れに余念がない。
庭師を雇っているのにわざわざこんなことをしている理由は実に消極的。


(ぼうっとしてると、ため息ばかりでる……)


間違えたことは判っている。
『息が詰まる』なんて言うべきではなかった。



はあ……


うまくいかない。
縮めようと思っていた距離は、余計離れてしまった
こんなつもりじゃなかったと、今さら気づいても遅い


(間違えたと気づくのがいつも遅いんだ、僕は……)


連鎖的に、後悔ばかりの人生が脳裏をよぎる。
幼い頃に飼っていた犬を病気にさせてしまったこと。
分かり合えないまま、死んでいってしまった父のこと。



「タロウ、どうしたんですか? ごはんはさっき足しておきましたよ?」


もの言わぬタロウは、静かに犬山を見上げてくる。


「もしかして、心配してくれてるんですか?」

じっとこちらを見つめるその瞳が健気に見えて、
都合がよすぎるかと自嘲しながらも、そう思わずにはいられない。


モノ言わずとも、タロウは友だちだ。
たとえ、誰に笑われても。

捨てられていた彼を拾った時から。
それははなこも、もちろん仔犬たちもだ


「そう言えば、お前の息子は元気にしてるんでしょうか? 電話して訊いてみましょうか、タロウ」

犬山の言葉を理解したように、タロウは尻尾をちぎれんばかりに振ってみせた。








「ああ、もしもし。御手洗さんですか?」

『やあ先生、どうしました?』

御手洗の声はいつも通り快活で、なんとなく背筋が伸びる。

「仔犬の様子が気になりまして……」

『元気にしてますよ、大丈夫です。餌もよく食べますし、石岡君も喜んでますよ』

そう言う御手洗の背後から、何やら大きな声が聞こえる。
おそらく、仔犬にしつけをしているのだろう
その声があんまり一生懸命なので、犬山は笑いそうになった

「やんちゃで大変でしょう?」

『いえ、ご心配なく。躾けは順調です』



「そうですか。それはよかったです」

やっぱり御手洗に譲ったのは正解だった、そう安心した時御手洗が、ただ、と珍しく沈んだ声を出す。

『今さらながら、少し早すぎたんじゃないかと思ってるんです』

「何が、でしょうか?」

『引き取るのがです。もう少し母親と一緒にいさせてあげたほうがよかったかと……彼は寂しがった様子は見せませんがね……』

その言葉を聞いて、なおさら御手洗に里親になってもらってよかったと感じた。

「おそらく大丈夫ですよ。この世界の生物学的にはなんら問題ないですし、彼の家族は既に御手洗さんたちです」

「なるほど。そうですね。血縁者だけが家族というわけではないですし、誰とだってその気になれば家族になれるということですね!」

御手洗は元気を取り戻して嬉しそうに言って、ほどなく仔犬が何かやらかしたと慌てて電話を切った。

犬山はしばらくの間ぼんやりと、ツーツーというビジートーンを聞いていた。

頭に残ったのは、家族という単語。

ふと足元を見ると、タロウとはなこが仲良く遊んでいる。

考えてみれば不思議だ。
彼らは別々に拾ってきた。
最初は互いにとまどっていたのに、今では夫婦で子どもまでいる。

家族とはそんなふうにして、他人同士から形成されていく。
他人から、家族になる……




(家族、か……)


つづく…