距離

にゃーにゃー
わんわん


今日も犬山家には賑やかな声が響いている。


(にゃんだよ、オレ様とやろうってのかー?!)
(違いますよー。遊びましょーってお誘いしてるだけ――)
(言っとくがにゃ、オレは犬が相手でも負けたことなんか1回もにゃいんだからにゃー!)


なんだかんだと言いながら、仲良くなりつつある犬山家のわんことにゃんこ。


一方、人間たちはというと……


相変わらず、気まずい食卓。





「あの……」
珍しく、犬山が遠慮がちに声をかけた。
「……なんですか?」
顔も上げずに、猫川はぼそっと返事をする。
「うん……」

なかなか進まない会話。




「あの、ベッドなんだけど……君もないと困るだろう?」
「…………」
「だから、その……買ってこようかと思っているんだが……」

いつまでもソファーで寝かせるのは忍びない。
寝室はひとつしかないが、1階の診察室を改造すればシングルベッドぐらいなら置けるだろう。
犬山はひとり、そんなことを考えていた。

そしてこの提案にはきっと猫川も喜ぶと、そう思っていたのだが…

「ソファーがあるからいらないです」
低い声は、予想していなかった返事をくれた。


やや戸惑って、犬山は訊く。
「……え? なぜ? そ、ソファーで寝るのは寒いだろう?」
「金」
「え?」
「金、かかるでしょう?」
「……でも、ベッドひとつくらい大した額じゃ――」
「いらない、です」


沈黙。




なぜ、そこまで遠慮するのか犬山にはわからなかった。
確かに獣医として働くことは叶っていないが、金銭的に困ってはいない。
蓄えも少なからずあるし、今後ブリーダーとして収入を得ていく保障もある。
何も部屋を作ってやるとか、贅沢をさせてやると言っているわけではない。
たかだかベッドひとつだ。


不可解な思いで見つめる目の前の青年は、いつも通り静かに食事を続けている。

「ね、猫川君やっぱり――」
「ごちそうさまでした」
がたん、と音を立てて立ち上がり、猫川はさっさとその場を去っていく。

「何か悪いことを言っただろうか……?」
いつも通りといえばいつも通り。
だが、違うといえば違った。

「怒って、いたような……」


わからない。
わからないことばっかりだ。



今まで感じたことのない不安を、どう処理すればいいかわからず
犬山の心は少しずつ散らかり始めていた。





「…………」




つづく…