未遂


ジロを抱いたままの女は玄関を出て平然と遠ざかっていく。

あの、ボクを下ろして欲しいんですが…


ジロの声は聞こえるはずもなく、

女の姿は闇にまぎれ……



とうとう

消えた。



たった一匹しか生まれなかった大事な仔犬。
先生も猫川も大切に大切にしていた仔犬。




さよなら、ジロ……









と覚悟を決めたが…

「ったく、人騒がせな女だな」



道端に置き去りになっていたジロを無事猫川が見つけ、誘拐事件は未遂で終わった。

「連れてかれなくてよかったな」

普段無表情…というより、怒ってるような顔ばかりの猫川だが、
動物たちと触れ合っている時は、少年のような顔で笑う。
動物の前でしか素直になれないのは、犬山だけではない。
同族嫌悪、とまではいかないだろうが、
似たところがあるから互いに互いを遠ざけてしまうのかもしれない。








ところで、その頃犬山先生はというと、

誘拐未遂事件が起こっていたことなんて全く知らずに、
健やかに眠っていた。

猫川がやってきた初日、犬山が危惧していたこのひとつしかないベッド。
どうなっているかといえば、


こうなっている。

寝る時間をずらして、共有しているのだ。





しかし、寝る時間をずらすと言ってもどちらかが夜行性ということでもない限り、

こんなふうに、ブッキングして困る事も多々だ。



「しょうがねーな……」
季節は冬。
ソファーで眠るのも、そろそろ辛い時期になってきている。








「彼、またソファーで寝てたな……」



つづく…