敬遠


(このガラスの箱さえ壊しちゃえば、あのうまそうな魚を一匹残らず喰えるのににゃ…)、
と、みや夫が不吉なことを考えている頃、





犬山先生の元に客が訪ねてきた。

「やあ、先生。仔犬は産まれましたかな?」
「ああ、あなたは御手洗さん。そうだ。こちらから連絡しなければと思っていたんでした」

客人の名前は御手洗潔(*1)という。
犬山が引っ越してきた時に挨拶にやってきたうちの一人だ。
彼は犬が大好きで、もし子どもが生まれるなら真っ先に教えて欲しい、と言われていたのだ。

「すいません、実は一匹しか産まれなかったんです」
「そうですか。記念すべき最初の仔犬という訳ですね? それは譲ってもらうわけにはいかないな」
御手洗はなかなか話のわかる、というより察しがよすぎると犬山は思った

「ただ、またはなこは妊娠してますから――」
「ほう! それは楽しみですね。その時は是非声をかけてください。石岡君(*2)も喜びます」
石岡君? そういえば、引っ越してきた時御手洗と一緒に挨拶に来てくれた男がいたなと思い出す。
彼が、確か石岡と名乗っていた。なんでも一緒に暮らしているとか……そうだ。

「御手洗さん、他人と一緒に暮らすコツを教えていただけませんか?」
「コツなんてありませんよ。他人と暮らすのは言うほど難しいことじゃない。ただし、相手が女性じゃない場合に限りますがね!」
「はぁ……」

これではなんの解決にもならない。
困っている理由に、彼の性別は関係ない。
確かに、女性なら尚困っただろうが……

「先生、何か困ってらっしゃるようですね」
「はい、実は――」
「でしたら! アレをやりながら話を聞きましょう!」
御手洗がやけに快活な調子で言って、あるものを指差した。







「……あの、どうしてシャボン玉機なんですか?」
「先生、笑うことが脳に与える影響をご存知ですか? 笑うことによって、脳は血液の流れがよくなり活性化するんです」
「はぁ……」
「人間なんて脳次第なんですよ、先生。心だって結局は脳だ。だから、そこを活性化させてやるとこは心の活性化に繋がるんです」

御手洗という男の持つこの説得力は、一体なんなのだろう?
乗せられて、一緒になってしゃぼんだま遊びに興じていた犬山は、気づけばもう猫川のことで悩むのをやめていた。


「実に楽しい玩具ですね、これは。買って帰ったら、石岡君怒るだろうなー。ははは」






その頃、猫川君は……

「こら、みや夫。水槽の魚なんか狙うんじゃねーよ。あんなもん喰ったら腹壊すぞ」

ピントはかなりずれてるが、一応躾をしていた。

(腹を壊すのは嫌だからにゃ。今回は依玖の言うこと聞いてやるにゃ)

飼い主に似る、という言葉があるが、みや夫は依玖以上に性格がアレだ。
(だいたい、犬ばっかで落ちつかにゃいんだよにゃー、この家。飯はカリカリだしー。これじゃ、まっしぐらにはなれないにゃ)



「あの……それ、私のベッド……」
「聞こえにゃいにゃー」
(あうー……)


新しい家族に戸惑っているのは、何も犬山先生だけではないのだった……


つづく…




(*1)島田荘司大先生のあの御手洗潔ですが、原作のキャラクターを逸脱している部分が多々あります。
(*2)こちらも島田荘司大先生のあの石岡和己ですが、忠実では決してないですし、今後出てくる可能性も低いですw