対面

「つまり、僕の手助けをしてくれる、というわけですか?」


朝起きて、知らない人間と猫が家に上がりこんでいたことに驚きはしたが、
犬山夕紀は、とりあえず話をしよう。それならせっかくだし食事をしながらにしよう。
そう思って、猫川依玖を朝食へ呼んだ。


「ま、そういうことになるんですかねー? オレもよくわかんないですけど……」

猫川の話では、彼はもともと犬山の実家で働く予定だったらしい。
しかし実際行ってみると、家人(おそらく犬山の母親)に事情が変わったので、
うちではなく、田舎に住む縁者の家で働いてくれといわれたらしい。
それから大した説明もないままタクシーに乗せられ、わけがわからないうちにここへ到着した、
ということだ。

「そうですか……で、その、うちに住むん、ですよね?」
「ああ、そうなりますね」
「でも、その、うちにはベッドがひとつしかありませんが……」
「……まあ、なんとかなるんじゃないですか」
「なんとかって……」

猫川の印象は、正直あまりよくはない。そう犬山は思っていた。
一応、という感じでも丁寧語を使って話すのは感心できるが、態度自体は誉められたものじゃない。
食事の仕方もあまり綺麗とは言えないし、

……。

「猫川君、人前でそういう、えっと……」
「ああ、ゲップっすか? すいません」

本当に反省しているんだろうか…?


自慢ではないが犬山夕紀は裕福な家庭で育った、所謂おぼっちゃまだ。それに加えて人付き合いが下手で、交友関係が狭く、
当然のように、猫川のような青年と接点を持ったことは今まで一度もない。

「なんだか、何を考えているかわからない…タロウ、僕は彼とうまくやっていけるんでしょうか…?」

相談してみても、タロウが答えてくれるはずもなく、犬山はひとりため息をつくしかない。
猫の手も借りたい、そう思ったのは自分なのに、実際助けに人が現れて戸惑っている。
滑稽だ。
けれど、犬山にはそれさえわからない。混乱しているのだ。
人には相性というものがあるが、彼とはどうもよいとは思えない。
この先のことを思うと気分が沈み、憂鬱になる









「ったく、かったるい…」

文句を言いながら、食事の後片付けをする猫川依玖もまた、少なからず先行きに不安を覚えていた。
彼はいままでずっとひとりだった。
家族と呼べるのは捨て猫だったみや夫ぐらいで、他にはいない。
天涯孤独。そんな言葉をかけられたこともあったが、猫川は孤独とは思っていない。
生まれてからずっとひとりなのだから、孤独も何もない。そんなことを感じる暇がなかったのだ

もともと犬山の実家にも住み込みの予定だった。しかし、、
あそこはやたらめったらデカい家で、使用人用の離れがあると聞いていた。
だから大して身構えてもいなかったのだが、
この家にそんなものはない。文字通りひとつ屋根の下だ。

ましてあんなのんきそうな奴と…

ただの同居人。
そう割り切ろうとするが割り切れない。


「うぜー」
猫川は、もともと何かを真剣に考える、ということが苦手だ。
思考が深いところに行く前に、さっさと眠ることにした。









けれど、こちらはそうもいかない。

「やっぱり、どうにかなる、なんてことではいけない」
毎号楽しみにしているペットライフを読んでいても落ち着かない。
とはいえ、何をどうすればいいのやら……
はっきり言って、猫川という青年とうまくコミュニケーションを取る自信なんてかけらもない。
唯一の共通点と言えば動物好きということだけなのだが、それさえも……

『それって、ペットしか友だちがいないってことですか? さすがに、それはヤバいんじゃないっすかー?』

ああ、思い出すたびに、腹が立つやら虚しいやら……
犬が友だちで何が悪い……
犬山には犬以外の友だちはいないのだ。それを否定されたら、人格を否定されたも同じだ。

「ああ、眠れない……」
犬山は、猫川とは対照的に考えなくてもいいことまで真剣に考える性格ゆえに、
どうしようもないようなことに悩んで、眠れない夜をすごしたりする。損な性格の男だ。

「猫の手でもいいから借りたいだなんて、言わなければ、よかった……」


つづく…