拝啓、お母さん



カタカタカタ






拝啓、お母さん。

元気ですか? 僕は元気です。
上京してきて一週間が経ちようやく落ち着いてきたので、お母さんにこちらの様子をお伝えしようと、
ペンを取り…キーボードを叩いています。


まずは僕の新しい住居、日の出荘についてですが、
入居前、築十年と聞いていましたが、
おそらくあれは嘘です。



築三十年はかたいです。

完全に騙されました。




ところどころに昭和の香りがします。

廊下は軋み、どこからか隙間風が吹いてきますが、
いいところもあります。




広い食堂があるところです。


ここもちょっと古臭いですが、
レトロと言い換えると、そう悪いものでもありません。


それに、



食事も管理人さんが作ってくれます。





あまりうまくはないですが……



しかし真面目な人らしく、日々料理の勉強をしているとのことです。



「へえ、お米は洗剤で洗っちゃいけないんだー」



そうそう。

ひとつだけ困っていることがあります。






近くの部屋からドラムの音が絶えないことです。

こんな安アパートで、なぜドラムを許可したのか疑問なのですが、



朝から晩までモヒカンの青年がそれはもうちゃんちきちゃんちきと叩きまくるのです。
あまりにもうるさいので一度苦言を呈したのですが、



「どうせ俺なんて練習してもプロになれっこないよな。そうだよな。ごめんな。耳障りで、ほんとごめん。もう、産まれてきてごめんなさい」



と、壁に頭を打ちつけはじめたので、僕が我慢することにしました。



母さん、人は見かけによらないというのは本当ですね。
またひとつ大人になりましたよ、僕は。



ところで、日の出荘にはもうひとり住人がいます。





冒険家を目指しているという男です。

初対面でいきなりゾウの生態について二十分も話してきました。
あからさまに適当な相槌をしても全く気づかない愚鈍な…純真な性格らしいです。




彼はやけに社交性がよく、
そのせいで、よく知らない人が出入りしています。




客「うちの畑では野菜を作っていてね――」

管理人「えー! いただいてもいいんですか?」

客「え? あ、いや」

管理人「嬉しいです。うちはこの通り貧乏だし、育ち盛りを抱えて大変なんですよ」

客「どうみてもみんな、育ち終わってると思うが」

管理人「ホント助かります。ついでにお米とかパンとかちり紙とかもいただけるとありがたいです。ね、モヒカンくん」

モヒカン「え? 俺? っていうかちり紙? 今時?」



プライヴァシーを重視する僕にとってはまったくうっとうしいことですが、





まあ、あまり関係ないといえば関係ないです。



日の出荘の様子はそんな感じです。
お分かりの通り、変わった人間が多いです。
けれど心配しないで下さい。
僕は母さんがご存知の通りしっかりしてますから。
変わり者の巣窟でも、ひとりまともな人間がいればなんとかなるものです。



あ! 母さん、大変です。
そろそろペンを置く…じゃなくてパソコンの電源を落とさなくてはいけません。



「集え! ゲーマーズ!」の時間が迫ってきたのです。


今週は「バンダム対戦」特集なので見逃すわけには行きません。
それに今週こそは僕のメールが読まれるはずなんです。
歴代バンダムの魅力をおよそ100KBにわたって語りつくした自信作なんです。
お母さんならわかってくれると思います。






お母さん、お体にはくれぐれも気をつけてください。
前にも言いましたが、あまり家から出ないほうが菌をもらうこともなく安全だと思います。
家にいたら事故にも会いませんしね。
おかげで僕はここ最近ずっと平穏に過ごせていますよ。
それでは、また連絡します。



敬具




つづく…(たぶん)